暗闇からひとつの光明・内観に思う

 内観歴はまだまだひよっこ。8ヶ月。集中内観後、日常内観を継続する理由じゃなく、ただM先生と話がしたいために月2回のカウンセリングを受けている。カウンセリングでお話させていただくことも雑多。私が思う世界観を曼荼羅で描いてみたり。気に入った歌の歌詞を披露してみたり。自分でも分けわかんないこと言っていると思うけど、そんなことおくびにも出さず傾聴してくださる。それがとてつもなくありがたい。私は自分の感情を素直に人に伝えることが苦手だ。私のことを知っている人は、おしゃべりな私を見て「うそ」と思うかもしれないけど、実際苦手なのだ。幼少期はアダルトチルドレンとして過ごした。両親の夫婦仲は悪く父親が母親に罵詈雑言や暴力を振るっているのを目の当たりにした。ビール瓶が目の前を飛んでいくのを叫びながらみていたこともある。母に投げられた皿が頭に当たったのをみてひどく悲しい思いをした。母は父の悪口やお金がないという愚痴をいつも私に聞かせた。おそらく人生で一番つらいことは?と聞かれると父親の悪口をいう母と答えるだろう。当然両親の仲が悪ければ、子供たちの仲も悪い。私の場合末っ子なので、年の離れた兄弟達の恰好の餌食となった。虐待である。言葉や暴力で徹底的にいじめられた。私も何度も兄弟を殺してやりたいとまで思った。実際包丁を持ち出したこともある。今から思えば家族みんな辛かったんだと理解することができる。誰も好きでそんなことをしたんじゃないと。どうしてもどうしても「いけない」と思いながらしちゃうことってあると思う。そして「自分」がたまらなくいやだっただろう。内観をさせていただいた動機は「逃げたかった」である。大和内観所には師走の年明けまじかに集中内観に参加させてもらった。「うつ病」で「慢性気管支炎」で体はぼろぼろ。心もぼろぼろ。最初、私はいかに今まで辛かったかをとくとくと話した。一通り苦しかったことを話し終えたときに、「私はアダルトチルドレンで、父にはマスコット。母にはカウンセラーの役割をしていたんですよね。それで今こうやって負けないぞってがんばってる私はサバイバーっていうんですよね!」M先生が共感して言って下さった言葉はこうである。「よくぞ今まで生きてこられましたね。つらかったでしょうね。そしてよく自分でそこまでお調べになられましたね。知識は力なりですね。」感謝。今まで誰も言ってくれたことのない言葉をかけて貰って本当にありがたかった。面接のあと、屏風の中で合掌し続けていた自分を思い出す。それからやっと本当に家族に対する内観が進んでいったのだが、屏風の中で疲労のあまり倒れこんで夕方まで寝たり、タバコがなくなって奥様に買ってきていただいたり。浮き沈みが激しい7日間だった。それでも1週間の集中内観をさせてもらっても、物事を違う面から観ることを学び始めるきっかけに過ぎないことがよくわかる。

 先日、ご縁があってさる高僧の方と面接をしていただいた。お話いただいたことは沢山ありますが少し。

 「魂の栄養は、感謝と懺悔ですよ。」当たり前のことなど、この世に何一つなし。当たり前じゃないから、有難い。当たり前じゃないから感謝する。感謝すると幸せを感じる。幸せと思うことを繰り返せば人生が幸せになる。自分を愛して可愛がって、自分で自分を育てるんですよ。懺悔はね、後ろを向いて後悔することじゃないですよ。あーしたらよかった。こーしたらよかったじゃないですよ。「こんな失敗したな。じゃあ、次はこうしよう」ってのが懺悔です。生き仏のような僧侶さんが、一番人間くさいことを言うのも驚いた。

 「辛いけど、苦しいけどね。」って。「この世でね、仏様の作ったものは決して平面じゃないですよ。仏が作るものは必ず立体なんです。」立体だから、影ができる。いつも同じ側面ばかり見ていたんじゃ全体像はわからない。自分の心も同じ。沢山の自分を見つけて、そしてそんな自分を認めてあげてくださいね。愛してあげてくださいね。するとね、自分の内からどんどん輝いてきますよ。」

  人生って内観だなあ。人間は意識していても意識していなくても内観しているものだ。けれど、いい内観と悪い内観があると思う。輝きたいな私。愛したいな、自分のことを。一番自分を虐待していたのは、自分自身。一番自分を愛してあげられるのは、自分自身。

  ☆1分1秒を惜しんで、内観させていただきます。☆(Miku,O)