内観で見つけた「ドーナツ」

  竹谷 紗織(女子高生)


 私は、幼い頃から母親と父親が大嫌いでした。だから、自分自身のことも大嫌いでした。ついに、高校一年の冬に私は家出をしてしまいました。そのことが学校に知れ、無期停学を言い渡されたのです。これからの自分を思うと、どうしてよいかわからず、とても不安でした。
 そんなとき、学校の先生が内観を勧めてくれました。雪国育ちの私は、奈良へは行ったことがないので、母と旅行するつもりで奈良行きを決めました。
 しかし、母と乗った寝台列車の中は会話もなく、重苦しい空気に包まれて、窒息しそうでした。大和内観研修所に着いて、内観の説明を受けた後、母と私は別々の部屋に通されました。ひとりで使うには広すぎる和室の隅に屏風と座布団が置かれていました。その中で一週間もじっとしているのかと思うととても不安でした。
 一日目、小学校一年生から三年生までの「母にお世話になったこと、母にして返したこと、そして、母に迷惑かけたこと」の三項目を調べました。私は、一生懸命に思い出しました。
 その頃、両親は共働きだったので、母は夜の八時、九時まで帰らないことが多く、姉と弟と私は祖母の家で母の帰りを待ちました。幼い私はとてもさみしくて「仕事を辞めて!」と母に言ったことがあります。それでも辞めない母を見て、「私よりも仕事とお金が大切なんだ」と思うようになったのはその頃からでした。
 しかし、内観してよく考えてみたら、両親が毎晩遅くまで働いているのは、他の誰でもない私たちのためだったんだ、ということがわかりました。弟が事故で死んでしまいました。
 それからです、今まで以上に両親が過保護になりました。中学生になった私にはそれが煙たくて、嫌でした。自分の気持を親に話さないようになりました。高校生に入ってからは、いつも私を心配する父や母に背を向けて、裏切る行動に出て、それでまた自分を嫌いになっていく私でした。両親の気持ちは痛いほどわかっていました。
 それを知らない振りして、両親の気持ちを踏みにじっている自分が情けなくて、しまいには自分自身に腹が立って、それをまた両親にぶつけるという悪循環を繰り返していました。
 「どうしてそんな態度とるの?」と言われてもなんて答えてよいのかわかりませんでした。何しろ自分に対して怒っているのですから。
 私は、畳半分の屏風の中で母を想いました。
 「いつも見守ってくれた母。何があってもいてくれた母。感謝しきれぬ母。ありがとう。ありがとう。」
 心の中でそれだけがこだまするようでした。私は、これまでの悪循環を断ち切らなければ、とそれだけを考えていました。  そのとき、ちょうど父に対する自分を調べていました。父がよくおみやげに買ってきてくれたドーナツが頭の中に浮かびました。
 「これから私は、ドーナツの中に生きる」
 それが私の出した答えでした。どういうことかと言いますと、自分が中心にいると人の考えていることが見えにくくなります。自分のスピードで回ってしまいます。だけど、ドーナツには中心がありません。だから、自分は“ドーナツの一部になる”のです。一部であれば、周りのスピードと同じように回ることができるし、相手の気持ちがわからなくなったら、ぐるっと回って相手のいた所に立つことができます。
 さらに、私はいろいろなドーナツの一部であることにも気づきました。
 家族、クラス、友達など、いろいろなドーナツの一部であることを思うと、私はとても嬉しくなります。確かに、ドーナツであることの責任は重い。だけど、相手の立場に立てば、相手の気持ちになったら、その人を悲しませるわけにはいきません。
 あれから、四ヶ月になります。屏風の中で見つけたドーナツは今でも私の宝物です。


(本文は、2003年9月発行のやすら樹81号から転載しました)