教師が内観をする意義

三木 善彦(帝塚山大学教授・大阪大学名誉教授)




 私たちが内観をするきっかけはさまざまですが、病気や仕事や人生に行き詰まって、それからの脱出を願ってであることが結構、多いようです。つまり、その大小はさまざまですが、人生の危機に直面して、内観にその解決の道を求める人々が多くいます。

 今回のシンポジストになった竹中哲子先生もそのお一人です。先生は体育の教師として活躍していたときにガンになり、手術後、身体に自信を失い教師としてやっていけるかという岐路に立ちました。そして縁あって北陸内観研修所で内観なさいました。そして先生はやがて内観研修所を開設し、その活動が世の中に知られるようになると、教育関係から声がかかり、講師として内観を広めておられます。

 二人目のシンポジストになった西山知洋先生は教師として3つの壁に直面し、心身共に疲れ果て、その苦悩からの脱却を求めて、吉本先生の内観研修所で内観なさいました。先生はやがて念願のフリースクールを開設しそのなかで内観を実践するようになりました。

 三人目のシンポジスト・酒井ゆり子先生は教師としての自分のあり方に限界を感じ、その打開を求めて大和内観研修所で内観をなさったように思います。そして内観を自己理解や生徒理解の手がかりとして、教師として成長なさいました。

 このように内観を契機に三人三様に成長し、教師としての可能性を広げていかれたように思います。

 私はあるとき多くの学生たちに印象に残る教師についてエピソードを交えて書いてもらい、そこから魅力的な教師の条件として、@教科に関する豊富な知識、Aすぐれた教育技術、B生徒とのよい人間関係、C教育に対する情熱、という4つの条件を抽出したことがあります。

 教師が内観をすると、自己理解や生徒理解が深まり、生徒とのよい人間関係が構築され、改めて教育への情熱がかきたてられ、知識や技術も豊かになるのではないかと思います。

 ですから、多くの教師が機会を得て内観してくださると、日本の教育事情はもっと改善し、生徒たちの学習意欲の向上や人間性の深まりにも寄与するのではと思います。