「心理療法としての内観」書評

三木 善彦(神戸松蔭女子学院大学)




 内観療法はクライエントが自分の対人関係を、「世話になったこと」「(世話を)して返したこと」「迷惑をかけたこと」の3点から振り返り、面接者に簡潔に報告するという単純明快な心理療法である。その基本である集中内観法では1週間の宿泊研修で、クライエントと1〜2時間ごとに3〜5分面接するという形態であり、早朝から夜遅くまで世話をする面接者側の負担は大きい。そのため実施する施設は限られ、日本国内で研修所は10数カ所、病院は数カ所である。そのため内観療法の実践的研究者も限られており、本格的な研究書が少ないのが私たち内観療法家の悩みであった。その意味で本書は待望の書である。著者は精神病院で内観療法を20数年間実施し、最近、創始者・吉本伊信の研修所を継いで臨床経験を重ねている。本書は30年にわたる内観療法の経験を凝縮し、考察を加えた労作であり、内観療法に関心のある人々にとって必読の書となるであろう。

 第T章で内観のルーツをたどり、第U章で内観の治療構造を外的構造と内的構造にわけて述べている。第V章では内観療法研究の方法を心理テストと間主観的方法論で光を当てているが、後者では一つの事例をめぐってクライエントの視点、面接者の視点、研究者の視点という3つの視点から考察しているのは興味深い。事例研究においてこのような複眼的な研究が将来も行われるならば、さらに豊かな知見を得ることができるであろう。第W章では内観の臨床応用として、アルコール依存症、ターミナルケアなどの事例、統合失調症やアルコール依存症の家族成員に対する内観の効果が論じられている。第X章では内観臨床をめぐる考察として、理論の有用性などについて述べている。さらに著者の該博な知識を反映する参考文献はもちろんのこと、豊富な内観関係文献一覧は今後の研究者にとって役立つものである。

 ところで、本書には多彩な事例が紹介されている。例えば統合失調症の母親をもつ青年は、「『入退院の繰り返しで母はほとんど家にいなかった。だから、お世話になったことはなかった』と自嘲気味に話していたのだが、内観4日目のふた廻り目になって、『母は幻聴に悩まされながら、ブツブツと独り言を呟きながら台所に立って僕の弁当を作ってくれていました』と報告して後、泣き崩れてしまった。」この事例に限らず、著者はクライエントが周囲の人々の愛情を感得し心の絆を結んだ瞬間に数多く立ち会っている。だからこそ、「何のために内観をするのか? 内観のエッセンスはなにか?と問われたならば、『心を病んだり、不幸な出来事に遭遇したり、人生の荒波に呑み込まれそうになっておぼれかかったとき、魂の深淵からの声を聴くためにするのです』と答えることにしている」という言葉が出てくるのであろう。もちろん、魂の深淵からの声を聴くのを援助するのはどの心理療法でもそうであろうが、とくに内観療法の場合に強く感じるのは私のひいきか?


 (本文は、内観研究12巻p87から転載しました。)